現役通訳ガイドが綴るエッセイ──まりの想い  通訳ガイド  勝井まり(京都市北区)

レッサンピリリの歌声
──ネパールでの不思議な出来事

ネパールのトレッキングを思い出すとき、
シェルパが絶えず歌っていたフォークソング、
「レッサンピリリ」と共に
ひとつ強烈な出来事が頭を過る。

私たちは霧が立ちこめる中シャクナゲを探し、
一日5、6時間ほど歩く。

シェルパたちは重い荷物を背負いながら、
ずっと終わりなくレッサンピリリの歌を歌っている。

美しい山々、村の子供たち、ロバ、段々畑、
キャンプファイアーと終わりのないシャルパの踊り、
日の出、いろいろと思い出すが、
それを凌駕するほどの最も忘れられない体験。
それは、初日の出来事。

初日、私たちはカトマンズから飛行機にさらに
一時間移動し、そしてパサンタブルというテント場まで
さらにワゴン車で7時間かかる山の中を走っていた。

お天気がよく、気持ちよく、片方が切れている山道を
ずっと現地の案内人のドライブで行く。

今日は2200mまで車で上る予定だ。

数時間走っていると誰もが
催眠術にかかったように、寝始めた。

私たちは8人、その他ドライバーとコーディネーター。

太陽が緩く当たり、ぐるぐると山道を走っていると
でこぼこ道までが気持ちよく思えてくる。

と、突然、車が「落ちた」。

一瞬 これで人生が終わるのかと思った。

車はすぐにほぼ90度に傾いたまま止まった。

山が切れている崖側ではなく、
山側の深い溝に見事に落ちたのだ。

反対に落ちていたら、深い谷底に落ちていた。
ドライバーの居眠り運転。

なんという強運の集団!
でも 傑作だったのはこれからだった。

私たちは垂直になっている車からよじ登り出て、
一言の会話もなく、誰一人泣く人もなく焦る人もなく、
まずみんなカメラを出して、現場の写真をぱちぱちと
撮り出した(笑)。

みんな驚くほど、冷静だ。

少しして、会話。

「ああ、天国にいったかと思った」と朗らかに笑う集団。

それにしても。。

この山のど真ん中の道、90度近く深く溝にはまっている
この4W車、私たちの力ではどうにもならない。

ドライバーとコーディネーターは黙ってみているだけ。

携帯など、誰も持っていなかった。

しばらく皆でぼーっとしていた。どうしよう。

すると数十分後に、一台の大型バスが通りかかった。
どうもこの先の村に行く一日1本か2本のバスらしい。

バスが止まり、止まったかと思うと
中からありとあらゆる男性20名ほどが、
わっと湧いた様降りてきて、そのままわ〜〜っと
90度になっている落ちた車に群がった。

別に、誰かが何かいったわけではない。

ドライバーもコーディネーターも
「助けて」と行った訳ではない。

わ〜〜っと群がった集団は、一生懸命
車を元に戻そうとしてくれていた!

押したり、引いたり、彼らなりにしばらく努力して数十分。
そしてついに車が元の道の場所に戻った!

私たちはこの不思議な出来事に圧倒されていた。
私は突然の親切に涙がでてきて「お礼をしなきゃ!」
とひとり感動で泣きながらしゃべっていた。。。

ところが、この20名ほどの男性集団、
今度は何事もなかったようにバスにわっと戻り、
私たちに「ありがとう!」という間も与えずに
あっという間にバスで行ってしまった。

彼らはお礼の言葉さえも期待していないのだ。
彼らの中では日常の一コマなのかもしれない。

バスがいってしまった後、私たちは車に乗った。

この数分前に起った不思議な風景は
全く何もなかったように出発した。

しかし、その後は私たちはドライバーに
「右、もっと右!」「左、もっと左!」という指示を
たくさん出す、とてもうるさい集団になっていた。

勝井まり

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勝井まり